当時の情報空間において、この「漢字問題」は単なるニュースの枠組を越え、日本型ネット文化とテレビメディアが共鳴した巨大な社会現象へと発展しました。
当時、言論の台風の目となっていた「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」や「ニコニコ動画」では、麻生氏の誤読シーンを切り取ったMAD動画やアスキーアートが大量に投稿されました。「みぞうゆう内閣」「漢字検定10級」といった侮蔑的なスラングが飛び交う一方、政治系掲示板では激しい議論が巻き起こりました。
世論は明確に二分されていました。
【批判派の論理】
「国のトップとして公文書や公式答弁を正しく読めないのは、知性と品格の欠如である」「外交の場で恥を晒すのではないか」「官僚の書いた作文をただ棒読みしている証拠だ」
【擁護・メディア批判派の論理】
「リーマン・ショックへの景気対策や雇用対策という国の命運を分ける政策論争を差し置き、漢字の読み間違いばかり叩くマスコミは異常だ」「言葉の端を捕まえるだけの粗探しに何の意味があるのか」
この対立が決定的となったのが、2009年1月20日の参院予算委員会でした。野党・民主党の石井一議員が、手製の漢字フリップを持ち込み、麻生首相に対して国会審議の場で「漢字テスト」を仕掛けたのです。「就中(なかんずく)」「参酌(さんしゃく)」「破綻(はたん)」などの単語を突きつけ、「これらを読んでみてください」と迫るパフォーマンスは、テレビ中継で全国へ拡散されました。
政策議論を完全に置き去りにしたこの追及劇に対しては、「国会の私物化」「陰湿ないじめのようだ」と野党側への抗議も殺到しましたが、結果として麻生内閣の支持率は危険水域とされる10%台に突入。退陣と政権交代へのカウントダウンを決定づける象徴的な出来事となったのです。
さらに副産物として、書店では大人向けの「漢字ドリル」や「間違いやすい漢字本」の特設コーナーが作られ、日本漢字能力検定の志願者が急増するという珍現象まで巻き起こりました。