日本の神社を包括する神社本庁や、宗教法人を所管する文化庁の資料や公的な見解をいくら調べても、「お賽銭は○○円が望ましい」という記述は一切存在しない。宗教的な対価として値段を設定することは、本来の信仰のあり方と矛盾するからだ。
全国に存在する無数の宗教法人は、参拝者が自主的に納めたお賽銭や初穂料によって社寺の維持・修繕、お札や祈祷の準備を行っている。しかし、神社本庁関係者がしばしば語るように、お賽銭の価値は「額面の大きさ」ではなく「納める人の誠意の深さ」で測られる。1円であっても、生活の中から真心を込めて差し出されたものであれば、それは神仏にとって尊い捧げ物となる。
お金の額で御利益が変わるという考え方は、神仏を金銭で買収しようとする人間の欲望のあらわれに過ぎない。行政や宗教団体の指針からも明らかなように、金額の「正解」を外に求める必要はどこにもないのだ。