東京の食を語る上で避けて通れないのが、徳川幕府の開府以来400年以上にわたって洗練されてきた「仕事の料理」です。冷蔵設備がなかった江戸時代、生の魚介をいかに日持ちさせ、かつ旨味を引き出すかという必然性から生まれた技法が、現代に受け継がれています。
その頂点に位置するのが江戸前寿司 歴史名店の系譜です。文政年間に「華屋与兵衛」らが考案した握り寿司は、東京湾(江戸前)で獲れた魚を酢飯と合わせて手早く握る屋台料理でした。現在の名店でも頑なに守られているのは、小鰭(コハダ)の塩振りと酢締め、穴子の煮込み、マグロの醤油漬け(ヅケ)、そして赤酢(酒粕を熟成させた酢)を用いたコクのあるシャリです。白身魚をそのまま握る現代的な生寿司とは異なり、「手を加えることで魚本来のポテンシャルを何倍にも引き上げる」という江戸の職人美学がそこにあります。
一方、江戸の情緒を視覚と嗅覚で強烈に体感できるのが、台東区駒形に本拠を置く浅草駒形どぜう 柳川鍋の世界です。創業は享保年間、220年以上の歴史を誇る総本店の大広間には、今も江戸の風情を伝える入れ込み座敷が広がっています。生きたどじょうに酒を飲ませて酔わせ、味噌仕立ての出汁で骨まで柔らかく煮込む「丸鍋」は、鉄鍋の上に山盛りの刻みネギと山椒を振って味わう究極の滋養強壮食です。開いたどじょうを笹がき牛蒡と共に甘辛い割り下で煮て卵でとじる「柳川鍋」は、骨が苦手な人でも食べやすい洗練された味わいで、江戸町人の夏の知恵を現代に伝えています。
池波正太郎の時代小説『鬼平犯科帳』にも登場する軍鶏鍋 創業老舗の代表格といえば、日本橋人形町に暖簾を掲げる宝暦10年(1760年)創業の「玉ひで」です。軍鶏(シャモ)特有の野趣あふれる強靭な歯ごたえと、噛むほどに染み出す濃厚な旨味。それを代々受け継がれてきた秘伝の濃厚な割り下でさっと煮立てて食す軍鶏鍋は、東京の鶏肉文化の最高峰に位置づけられます。同店が明治期に考案したとされる「元祖親子丼」もまた、卵と軍鶏肉のみという潔い構成で、余計な野菜を入れない江戸の引き算の美学を体現しています。
さらに、東京の多様性を語る上で外せないのが、遥か南の島々が育んだくさや 伊豆諸島郷土料理です。新島や八丈島などで作られるくさやは、塩が極めて貴重だった時代、魚を浸す塩水を使い回す過程で独自の微生物群が定着した「くさや汁」から誕生しました。強烈な発酵臭の奥には、魚肉のタンパク質が極限まで分解されて生まれた濃厚なアミノ酸の結晶が詰まっており、軽く炙って島焼酎とともに口へ運べば、本州の料理では決して味わえない重厚な余韻に包まれます。