東京モーターショーから改称されたジャパンモビリティショーをはじめ、世界各国のモーターショーで発表されるコンセプトカーは、見る者を圧倒するプロポーションを誇ります。極端に薄いLEDヘッドライト、巨大な大径ホイール、天地が切り詰められたガラスエリア、そしてサイドミラーすら存在しない滑らかなボディ。しかし、これらをそのまま量産ラインに乗せることは現代の自動車工学において不可能です。そこには大きく分けて3つの構造的な壁が存在します。
第1の壁は、年々厳格化の一途をたどる保安基準と衝突安全基準です。自動車が公道を走行するためには、乗員保護はもちろんのこと、万が一の事故時に歩行者の生命を守る「歩行者頭部・脚部保護基準」をクリアしなければなりません。低く鋭角に尖ったノーズは歩行者と衝突した際に衝撃を逃がせないため、市販車ではボンネット内部に十分な衝撃吸収空間(クラッシャブルゾーン)を確保する必要が生じます。結果としてフロントノーズは厚みを増し、ボテッとした印象に変化します。さらに、ドライバーの死角を減らすためのAピラーの傾斜角度や太さの規定、夜間の視認性を担保するヘッドライトの最低地上高や照射角など、法律の要件を満たす過程でショーカーの過激な造形は削ぎ落とされていきます。
第2の壁は、量産技術とコスト問題です。モーターショーに出展されるショーカーは、熟練の職人が炭素繊維強化プラスチック(CFRP)や手作業のクレイモデル、ワンオフの板金加工で製作する一点物です。一方で市販車は、1日に数百台から数千台のペースで鋼板やアルミニウムを巨大なプレス機で打ち抜かなければなりません。コンセプトカーに見られるような複雑で深いキャラクターライン(深絞り加工)は、量産時の金型寿命を著しく縮め、歩留まり(良品率)を低下させます。車両価格を現実的なレンジに収めるため、生産技術部門との協議によって曲率やエッジが大幅に緩和されるのが通例です。
第3の壁は、日常的な居住性と実用性の確保です。コンセプトカーの多くは、見た目の美しさを最優先して室内空間や乗降性を無視した設計がなされています。21インチを超えるような超大径扁平タイヤはロードノイズや乗り心地を悪化させ、極端に低いルーフは後席のヘッドクリアランスを奪います。市販化にあたっては、幅広い体格のユーザーが快適に運転でき、荷物が積め、エアコンや各種ECU、ワイヤーハーネスが隙間なく収まるスペースを確保しなければなりません。外観の美しさとパッケージングの整合性を取る過程で、プロポーションは現実的な寸法へと再構築されます。