本作に触れた多くの人が抱く最大の謎が、「なぜ『Wの悲劇』というタイトルなのか」という疑問です。このアルファベット一文字には、作者・夏樹静子が周到に張り巡らせた4重の多層的な意味が込められています。
第1の意味は、作中の舞台となる一族の姓である「和辻家(Watsuji)」の頭文字です。日本の旧家における血統と家父長制の抑圧を象徴するイニシャルとして機能しています。
第2の意味は、物語の中心で運命を翻弄される「女性たち(Woman)」です。和辻摩子、その母である淑枝、親族の峰、そして映画版における三田静香や羽鳥翔。男性中心の権力社会や愛憎のなかで葛藤し、傷つきながらも生き抜こうとする女性たちの悲劇を指し示しています。
第3の意味は、海外ミステリーの歴史に対する敬意と挑戦です。夏樹静子は、アメリカの巨匠エラリー・クイーンがペン名「バーナビー・ロス」名義で発表したシェイクスピア的悲劇四部作『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』の大ファンでした。クイーンが残した「X・Y・Z」の悲劇三部作に続く存在として、アルファベットの並びでXの手前に位置する「W」を冠し、「エラリー・クイーンが書かなかった4つ目の悲劇を日本の手で創り上げる」という強烈な作家の気概が込められていたのです。
さらに第4の意味として、映画版や現代の翻案において強調された「二重性(Double)」が挙げられます。「W」の文字は「ダブル・ユー(Double U)」であることから、表と裏、身代わり、双子の入れ替わり、そして「女と女優」という引き裂かれた二面性を暗示する記号として、作品のテーマ性を完璧に体現しています。