赤ずきんの傭兵を語る上で避けて通れないのが、童話という元ネタに対する残酷なまでの脱構築(デコンストラクション)です。シャルル・ペローやグリム兄弟が編纂した原作の『赤ずきん』では、無垢な少女が狼に騙され、最終的には猟師(狩人)によって救出される教訓譚として描かれます。しかし、Project Moonの構築した冷酷なディストピアにおいて、「都合よく現れて少女を救ってくれる猟師」など初めから存在しませんでした。
作中の観測記録や断片的なテキストから浮かび上がる彼女の過去は凄惨を極めます。狼に肉体を引き裂かれ、祖母も平穏も奪われた彼女は、自らの手で武器を取り、傷だらけの顔を牙の仮面で覆い隠して自らを「傭兵」へと造り替えました。少女時代に体験した無力感への防衛反応が、過剰なまでの重武装と戦闘狂的なパーソナリティを形成したのです。
それを如実に証明するのが、彼女が吐き捨てる象徴的なセリフです。
「あの毛玉野郎を見かけたら教えな」
「私の傷が痛むのは、あいつがまだ生きているからだ」
彼女の言葉の端々に滲むのは、単なる敵討ちの情熱ではありません。復讐を遂行することだけが、壊れてしまった精神を辛うじて繋ぎ止める唯一の錨(アンカー)となっている痛切な現実です。救いのない過去に囚われ、永遠に血塗られた森を彷徨い続ける悲劇の残滓が、あの仮面の奥の黄色い瞳に宿っています。