オシドリの繁殖において最も過酷なのは、オスが去った後のメスと雛たちの旅路です。
多くの水鳥が水辺の草むらに営巣するのに対し、オシドリは天敵(イタチやヘビなど)から卵を守るため、地上5〜10メートル以上の樹洞(大木の空洞)に巣を作ります。メスは自らの胸の羽毛をむしって巣材にし、約28〜30日間にわたってほぼ飲まず食わずで10個前後の卵を温め続けます。
孵化の翌日、雛たちは鳥類界でも屈指の劇的な巣立ちを迎えます。親鳥が木の下の水辺や地上から鳴き声を上げると、生後わずか1日の雛たちが樹洞の縁によじ登り、重力に従って一斉に空中へダイブします。体重わずか数十グラムの綿毛に包まれた雛たちは、空気抵抗と軽さによって地上へ落ちても怪我をすることなく着地し、母鳥の誘導のもと安全な水域へと移動します。この命がけの試練を乗り越える間、オスは遠く離れた安全な水域で換羽に専念しているのです。