日本独自の酒場文化を長年にわたり見つめ続けてきた居酒屋探訪家・太田和彦の著作や美学には、深夜の酒場が持つ独特の情緒が繰り返し描かれている。古き良き大衆酒場に足を踏み入れ、カウンター越しに店主の手際を眺めながら静かに杯を傾ける時間は、至高の贅沢と言える。
深夜営業を行っている大衆酒場には、昼間や宵の口にはない静謐な空気が流れている。飴色に燻された柱、壁一面に貼られた品書き、そして炭火の上で香ばしい煙を立てる焼き鳥。使い込まれたカウンターでいただく一串の香ばしさは、一日の疲労を静かに洗い流してくれる。
大騒ぎする客が去り、本当に酒と空間を愛する人々だけが残る深夜2時の店内。そこには、太田氏が愛してやまない「酒と肴、そして空間との無言の対話」が存在する。静かに流れるラジオの音声をバックに飲むぬる燗の一杯は、夜の深まりとともに味わいを深めていく。