大京が全国に展開したライオンズマンションシリーズの中で、歌舞伎町の中心部に建設された物件群はひときわ特異な存在感を放っています。竣工は1980年代初頭(1980年〜1981年頃)。まだバブル前夜の熱気が立ち込め、歓楽街と一般住宅地の住み分けが今ほど厳格でなかった時代に誕生しました。地上10階を超える堂々たる鉄骨鉄筋コンクリート造の躯体は、昭和の大京ブランドらしい重厚感を漂わせています。
ネット検索で「ライオンズマンション歌舞伎町 現在の様子」と調べると、ゴミが散乱し不法占拠者が溢れるスラム街のような表現を目にすることがあります。しかし、実際に平日の昼夜にエントランス前を訪れると、その印象は大きく裏切られます。共用部分の清掃は定期的に入っており、郵便ポスト周辺のチラシ投棄に対する警告文や、防犯カメラ作動中のプレートが整然と掲示されています。外観の経年劣化こそ隠せませんが、管理が完全に崩壊した放棄物件ではありません。
ネットの過激な言説が独り歩きした背景には、歌舞伎町2丁目というアドレスそのものが持つ特異な引力があります。昼夜が完全に逆転した街で、夜間の人の出入りが激しい様子が部外者の目に異常と映り、「魔窟」という安易なラベリングへ昇華された側面が見て取れます。