1582年の「本能寺の変」直後、完成からわずか数年で炎上・焼失した安土城。その真相を巡っては、今なお歴史ファンの間で議論が絶えません。
主な学説としては以下の4つが挙げられます。
- 織田信雄(信長次男)失火説:『太田牛一旧記』などに記述があり、混乱の中で誤って火を放った、あるいは退却時に敵への接収を防ぐため自ら焼いたとする説。現在最も有力視される学説の一つです。
- 明智光秀軍(明智秀満)放火説:敗色濃厚となった明智勢が略奪の末に火を放ったとする説。
- 敗残兵・土民による略奪失火説:治安崩壊に伴う略奪暴動の中で火の手が上がったとする説。
- 羽柴秀吉黒幕説:信長の後継者争いの中で旧体制のシンボルを消し去る意図があったとする俗説(確たる史料的根拠は乏しい)。
滋賀県は現在、2026年に向けた安土城跡の保存活用や詳細な学術調査を進めており、VR/AR技術を活用したデジタル再現展示や、将来的な天守閣(天主)の一部木造復元に向けた議論が継続されています。現場を訪れると、焼け焦げた石垣や当時の礎石が現在も生々しく残されており、失われた巨城の威容を肌で体感できます。