酒井政利氏の足跡を語る上で欠かせないのが、日本レコード大賞の創設期から歌謡界の黄金時代を築き上げた圧倒的な経歴です。
立教大学文学部を卒業後、松竹を経て日本コロムビア、そして創設間もないCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社。そこで日本のポップス史を根底から変える革命を起こします。
1971年、沖縄出身の南沙織を「17才」でデビューさせ、それまでの歌手とは一線を画す「女性アイドル」という新たな概念を日本に定着させました。さらに同年代の郷ひろみを「男の子女の子」「よろしく哀愁」などのヒット曲で男性トップアイドルへと押し上げます。
そして最大の金字塔が山口百恵のトータルプロデュースです。清純派路線から「ひと夏の経験」「横須賀ストーリー」「いい日旅立ち」へと徐々に大人の女性へ脱皮させる大胆な戦略を展開。阿木燿子・宇崎竜童コンビを抜擢するなど、時代の空気を先取りしたプロデュース手法で、山口百恵を単なるアイドルから時代を象徴する伝説の歌姫へと昇華させました。
さらに1979年にはジュディ・オングの「魅せられて」で日本レコード大賞を受賞。矢沢永吉やキャンディーズの企画にも携わるなど、生涯で売り上げたレコードは3億枚以上、関連売上は3000億円を超えるとも言われ、「日本初の音楽プロデューサー」の異名を不動のものにしました。