【史記・鴻門之会】項羽はなぜ劉邦を討たなかったのか?勝敗を分けた衝撃の真相

【史記・鴻門之会】項羽はなぜ劉邦を討たなかったのか?勝敗を分けた衝撃の真相

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鴻門の陣屋に到着した劉邦は、開口一番、項羽に対して徹底的な臣下の礼を取りました。『史記』の記述によると、劉邦は「自分と思わぬ形で先に関中へ入ったが、将軍の功績を奪う意図など毛頭なかった。小人の告げ口によって将軍と私の間に隙間ができた」と、すべてを曹無傷の讒言(ざんげん)のせいにしました。この弁明に対し、項羽は「これはそなたの部下の曹無傷が言ったのだ。そうでなければ私がどうして疑おうか」とあっさり密告者の名を明かしてしまいます。

この瞬間、項羽が劉邦を殺さなかった理由の核心が浮き彫りになります。項羽は生来の武勇に絶対的な自信を持つ名門貴族の出身であり、自らの優位を疑っていませんでした。目の前で震え上がり、自分を「兄事」する劉邦の屈服を目にしたことで、項羽の自尊心は満たされ、武力でねじ伏せる大義名分を失ってしまったのです。名誉を何よりも重んじる項羽にとって、無抵抗を誓って謝罪に来た客人を酒宴の席で斬首することは「卑劣な行為」であり、覇王の美学に反するものでした。

しかし、この項羽の慢心を誰よりも危険視していたのが参謀の范増です。范増は以前から劉邦の陣営に立ち込める瑞気(吉兆の雲気)を観察し、「劉邦は財物を欲しがらず、好色でもない。これは単なる諸侯にとどまらず、天下を狙う者の志である」と見抜いていました。宴席の最中、范増は項羽に対して幾度も目配せをし、腰に下げた佩玉(玉玦:ぎょくけつ)を三度掲げて劉邦を殺害するよう合図を送ります。「玦(けつ)」は「決(決断・断絶)」に通じる隠語であり、「今こそ劉邦を斬る決断を下せ」という緊急警告でした。

だが、項羽は沈黙を守り、范増の合図を完全に無視します。この態度に直面した鴻門之会 范増 苛立ちは極限に達しました。苛烈な焦燥感に駆られた范増は宴席を抜け出し、親族の項荘を呼び寄せて「主君の性格は優柔不断で人を討つに忍びない。お前が中に入って長寿の祝杯を述べ、剣舞を披露する名目で沛公(劉邦)を刺し殺せ」と密命を下します。これが世に名高い「項荘の剣舞 意味」であり、宴席の余興を偽装した冷徹な暗殺工作の実行でした。

陣屋の中で項荘が剣を抜いて舞い始め、刃が刻一刻と劉邦の首筋へと近づきます。ところが、異変を察知した項伯が自らも剣を抜いて舞に加わり、自らの身体で劉邦を遮るように庇い続けたため、項荘は劉邦を討つことができませんでした。軍師の独断による暗殺計画が身内の妨害によって阻まれるという、項羽陣営の統制の緩慢さが露呈した瞬間でした。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。