忠臣蔵の足跡を追う上で見落としてはならないのが、兵庫県赤穂市と京都府山科区にそれぞれ鎮座する二つの神社の存在だ。両社は同じ義士たちを祀りながらも、まったく異なる空気をまとっている。
播磨の赤穂大石神社は、かつての赤穂城内の一角に位置し、旧藩士たちの誇りと城下町の記憶を一身に背負う堂々たる風格を誇る。広大な敷地に立ち並ぶ義士たちの石像は圧巻のひと言で、国家的な歴史遺産としての重厚感が漂う。一方、京都の山科大石神社は、討ち入り前の潜伏と謀議の地として、張り詰めた緊張感と静謐な風情を残す。世間の目を欺くため放蕩を装いながら、密かに同志と連絡を取り合った隠遁の地。華やかな表舞台の赤穂と、息を潜めて好機を待った山科。この二社を巡ることで初めて、復讐劇の裏側にあった濃密な時間の流れが立体的に浮かび上がってくる。