煙々羅の読み方は「えんえんら」。漢字表記では「煙々羅」のほか「煙羅煙羅(えんらえんら)」とも呼ばれます。この妖怪が公の文献に初めて登場したのは、安永10年(1781年)に刊行された江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕の妖怪画集『今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)』です。
石燕は画中で、民家の竈(かまど)や囲炉裏(いろり)、あるいは屋外の焚き火から立ち上る煙が渦を巻き、その中に無気味ながらもどこか物憂げな人間の顔が浮かび上がる様子を描きました。添えられた解説文には、次のような趣旨の記述が残されています。
「しずかに煙を眺めていると、さまざまな形に見えてくるものだ。薄い布のように揺らめく煙のさまから、これを『煙々羅』と名付けた。ただし、心が澄み切った者でなければ、その姿を見ることはできない」
名前の語源となった「羅(ら)」とは、古代中国から伝わる薄く透き通った高級な絹織物のことです。立ち上る煙が幾重にも重なり、風に吹かれて繊細に形を変える様子を薄絹に見立てた、極めて風流な言葉遊びが妖怪の意味・由来の根底に存在しています。石燕は、日常の何気ない煙のたゆたいに名を与え、視覚的な怪異として具現化したのです。