現代の感覚からすれば「なぜ遺体を何ヶ月も放置するのか」という強い疑問が生じます。これには、古代人特有の死生観(アニミズム)と、極めて現実的な肉体の変化観察という2つの側面が関係していました。
古代の日本人は、心臓の停止や呼吸の途絶をもって「完全な死」とは捉えていませんでした。魂は一時的に肉体を離れただけであり、呪術的な呼びかけや歌舞によって再び肉体に戻る可能性がある、すなわち「蘇生(生き返り)」を信じていたのです。そのため、親族は遺体の傍らで飲食を共にし、歌い踊り、名前を呼び続けました。これが「魂振り(たまふり)」や「魂鎮め(たましずめ)」と呼ばれる儀礼です。
やがて時間が経過し、腐敗が進んで骨化(白骨化)するに至って、人々は魂の復帰がもはや不可能であることを視覚と嗅覚で痛感します。肉体が崩壊して骨になるプロセスを見届けて初めて、生者は「死の決定的な事実」を受け入れ、遺体は生者から「祖霊(神)」へと昇華していきました。殯とは、愛する者の死を心理的・生物学的に受け入れるための不可欠な移行プロセスだったのです。