彼の関心は、文献の行間から現世の裂け目へと向かう。天狗に連れ去られて異界を旅したと語る少年・寅吉を自宅に引き取り、徹底的な尋問と観察を重ねて書き上げたのが『仙境異聞』である。異界の衣服、食事、天狗社会の階層構造から修行の実態まで、その筆致はどこまでも客観的で冷徹だ。
怪異を迷信として切り捨てる近世の合理主義に対し、彼は「怪異が存在する事実」を経験科学の手法で採集しようとした。民俗学者・柳田國男がのちに民俗学の始祖として注目したのも頷ける。異界を不可知の闇に追いやるのではなく、生活空間のすぐ隣にあるリアリティとして実体化させる試みは、当時の人々のコスモロジーを根底から書き換えてしまった。