深部体温が低下していく過程において、人体は段階的な防御反応と崩壊の兆候を示す。日本救急医学会などのガイドラインに準拠すると、低体温症はその深部体温によって軽度(35〜32℃)、中等度(32〜28℃)、重度(28℃未満)の3段階に分類される。
初期症状(35〜32℃)では、激しい身震い、手足の冷え、脈拍や呼吸の増加が起こる。しかし、この段階で既に脳機能への影響は始まっており、動作の緩慢化や会話のつじつまが合わなくなるアパシー(無気力状態)が現れる。本人は「少し疲れたから休みたい」と錯覚し、避難や暖を取る行動を起こさなくなる。
深部体温が中等度(32〜28℃)に達すると、生命維持のシグナルが一転する。筋肉のエネルギーが尽き、熱を生み出すシバリングが完全に停止するのだ。意識混濁が進み、自発的な呼吸や脈拍が著しく低下、瞳孔が散大し始める。もはや外部からの加温なしには自力で体温を回復させることはできない。
そして重度(28℃未満)に突入すると、致死性不整脈である心室細動が誘発され、昏睡状態から心停止へと向かう。この極限状態において、法医学の現場で頻繁に確認される戦慄の現象が「矛盾脱衣(むじゅんだつい)」である。
矛盾脱衣とは、極寒のなかで凍死した遺体が、なぜか衣服をすべて脱ぎ捨てて全裸に近い状態で見つかる現象を指す。発見現場の状況から一見すると性犯罪や事件性が疑われることも多いが、その正体は脳と自律神経が引き起こす破滅的な錯覚である。
死の直前、深部体温が極端に低下すると、脳の視床下部にある体温調節中枢が機能不全に陥る。それまで体温を逃がさないよう限界まで収縮していた末梢の血管が、自律神経の麻痺によって一気に拡張する。すると、冷え切っていた皮膚表面に身体深部のわずかに温かい血液がドッと流れ込む。この瞬間、脳は「猛烈に暑い」という強烈な誤認シグナルを受け取ってしまうのだ。極限の寒さの中にありながら、耐え難い灼熱感に襲われた人間は、最後の力を振り絞って衣服を破り捨て、そのまま力尽きて凍死していく。
「最期は眠るように安らかに逝ける」と語られることもある凍死だが、法医解剖の現場が物語るのは、脳の狂乱と錯覚、そして激しい混乱の果てに訪れる痛ましい現実である。