つんく 声 出ない いつからという疑問に対し、正確な時系列を振り返ると、その発端は2014年2月にまで遡ります。かねて喉の違和感を訴えていたつんく♂は、精密検査の結果、声帯に悪性腫瘍が見つかり喉頭がんと診断されました。当初は早期発見とされ、放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせた集中的な治療を選択。同年9月には「完全寛解」を発表し、復帰への希望が灯ったかに見えました。
しかし、病魔は残酷な展開を用意していました。寛解発表からわずか1か月も経たない2014年10月、定期検診でがんの再発が発覚したのです。診断された喉頭癌 ステージや病状の進行度は極めて緊迫しており、主治医から突きつけられた選択肢は「命を守るために喉頭(声帯)を全摘出するか、声を残して命を危険に晒すか」という、表現者にとって余りにも過酷な二者択一でした。
かつてつんく シャ乱Q ボーカルとして魂を揺さぶる歌声を響かせ、音楽を人生そのものとして生きてきた男が、なぜ自らのアイデンティティである声帯を手放したのか。そのつんく 声帯摘出 理由の核心は、自著『だから、生きる。』の中でも痛切に語られています。病床の彼を救ったのは、愛する妻の「生きてさえいてくれたら、それだけでいい」という涙の懇願と、まだ幼かった双子の長男・長女、そして次女の存在でした。「歌声を失っても、父として子どもたちの成長を見届けたい」「家族と一緒に生きていきたい」。表現者としてのプライドをかなぐり捨て、一人の人間として命を最優先にする覚悟を固めた瞬間でした。