松田直樹の死因|34歳で突然逝った急性心筋梗塞の真相と衝撃の全貌

松田直樹の死因|34歳で突然逝った急性心筋梗塞の真相と衝撃の全貌

松田直樹の死因|34歳で突然逝った急性心筋梗塞の真相と衝撃の全貌にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

稀代の熱血ディフェンダーとして知られた松田直樹選手が旅立った公式の命日は2011年8月4日、午後1時6分でした。直接の死因として公表されたのは急性心筋梗塞です。心臓の筋肉へ酸素と栄養を送り届ける冠動脈が何らかの理由で急速に閉塞し、心筋が広範囲にわたって壊死を起こす病態でした。

松田選手が倒れたのは、亡くなる2日前の2011年8月2日午前9時48分頃のことでした。当時JFLに所属し、Jリーグ昇格を目指していた松本山雅FCの練習中、長野県松本市のやまびこドーム周辺(梓川梓水苑グラウンド)で事件は起きました。当日の練習メニューは午前9時30分にスタート。ウォーミングアップを兼ねた約15分間のランニングを終え、各自が水分補給やストレッチを行おうとしていたまさにその瞬間でした。

松田直樹が倒れた経緯について、当時の現場にいた監督やチームメイトは緊迫した様子を詳細に証言しています。松田選手は突然膝をつき、「ヤバい、マジでヤバい」と言葉を漏らした直後、うつ伏せに倒れ込んで意識を失いました。駆け寄ったメディカルトレーナーや選手仲間がすぐさま呼びかけを行いましたが、意識はなく呼吸も極めて微弱な状態へ急激に悪化していきました。

現場では偶然居合わせた看護師資格を持つ一般の利用客も加わり、必死の胸骨圧迫(心臓マッサージ)と人工呼吸が施されました。しかし、心肺停止の原因となった致死的不整脈(心室細動)を止めるためのAED(自動体外式除細動器)は、グラウンド脇に常備されていませんでした。スタッフが約150メートル離れた併設体育館の管理事務所まで鍵を開けて取りに走るなど、初期救命処置において痛恨のタイムロスが生じることになります。

通報を受けた救急隊が現場へ到着したのは午前10時13分頃でした。隊員による除細動処置が行われたものの心拍は再開せず、松田直樹選手は信州大学医学部附属病院へ緊急搬送されました。同病院の高度救命救急センターでは、体外式膜型人工肺(PCPS)を装着して人工心肺による蘇生措置が昼夜を問わず続けられましたが、自律的な心拍が安定して戻ることはなく、意識不明の重篤な状態が続いた末に34歳の若さで息を引き取りました。

前田 葵
著者

前田 葵

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。