哲学堂公園に足を踏み入れた来訪者がまず圧倒されるのが、園内随所に配置された建築物や石碑の異質さです。正門に位置する「哲理門」には、向かって左に天狗(物質界の象徴)、右に幽霊(精神界の象徴)の木彫像が安置されており、通称「妖怪門」として広く知られています。 なぜ、学問と理性を重んじるはずの公園に妖怪が祀られているのか。その答えは、創設者である哲学者・井上円了(東洋大学の前身である哲学館の創設者)の生涯の研究テーマにあります。円了は日本全国を行脚して迷信や怪異現象を科学的に解き明かし、「妖怪博士」の異名をとった合理主義の先駆者でした。円了の自著や当時の講義録によれば、妖怪門に天狗と幽霊を配置した意図について次のように説かれています。 「不可思議なる現象も、物質と精神の両面から探究すれば必ず理性が拓かれる」 つまり、不可解な存在を恐怖の対象として恐れるのではなく、探究すべき哲学の問いとして捉え直すための仕掛けだったのです。 公園の歴史は、明治37年(1904年)に円了が「四聖堂」を建立したことに始まります。四聖堂には、東洋と西洋の知を代表する4人の偉人――孔子、釈迦、ソクラテス、カントが合祀されました。宗教や国家の枠組みを超え、人類の普遍的な知恵をひとつの空間に統合するという、当時としては極めて前衛的な試みでした。 園内にはさらに、六人の哲学者を祀る「六賢台」、古今東西の書物を納めた「絶対城(図書館)」、心の修練を行う「無尽蔵」など、概念そのものを建築化した施設が次々と建設されました。哲学堂公園とは、見る者に知的な思索を促すために設計された、世界唯一の「思想体感型庭園」なのです。
哲学堂公園の奇妙な建築と妖怪門の謎|井上円了の知の全貌を徹底解説
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