三島由紀夫が選んだ死の形式は、銃殺でも服毒でもなく、前時代的とも言える武士の「切腹」でした。ノーベル文学賞候補に幾度も名を連ね、国際的な名声の頂点にあった文豪が、なぜこれほど過激な自決に至ったのでしょうか。その背景には、思想的挫折と美学の完結という二重の動機が横たわっています。
第一の理由は、経済的繁栄に溺れて精神性を失った戦後社会への義憤です。三島は物質主義に染まり、自国の歴史や伝統を軽視する日本人のあり方に強い絶望を抱いていました。憲法によって軍隊としての存在を否定された自衛隊を「魂を失った軍隊」と断じ、自らの命を投げ打つことで自衛隊員の魂を揺り動かし、国家再生の引き金を引こうとしたのです。
第二の理由は、徹底した「知行合一」と肉体の美学です。三島は長年にわたるボディビルや剣道の鍛錬を通じて肉体を極限まで鍛え上げていました。老いによる肉体の衰退を極度に恐れ、精神と肉体がもっとも輝いている瞬間に命を絶つことこそが、自身の美学の頂点であると確信していました。行動を伴わない言葉を激しく嫌悪した三島にとって、切腹は自らの文学世界を現実に完成させるための、必然かつ唯一の儀礼だったのです。