報道各社の取材データや当時の特番インタビュー、親交の深い球界関係者の証言をつなぎ合わせると、秋山幸二氏が貫いた「武士道」にも似た生き様が浮かび上がってきます。
当時のコーチ陣の一人は、後年の回顧録で次のように明かしています。 「シーズン中、監督が疲れた顔を見せることは一切ありませんでした。しかし、試合が終わると誰よりも早く球場を出て病院へ向かっていた。夫人の病状が極めて深刻であることは首脳陣の極一部しか知らされておらず、グラウンドではただの一言も家庭の愚痴や弱音を漏らさなかったのです」
インターネット上のファンコミュニティ(知恵袋や5ちゃんねる、SNS)においても、秋山氏の看病生活と引き際の美学は特別な敬意を持って語り継がれています。「なぜあの年に辞めなければならなかったのか、当時は理解できなかったが、死別報道を知って涙が止まらなかった」「男として、夫としてこれ以上にかっこいい生き方があるだろうか」といった投稿が、退任から10年以上が経過した今も絶えません。
一切の同情を引かず、結果でチームを頂点に導いた上で妻の元へ帰る。この徹底した公私混同の排除と家族への無償の愛こそが、秋山幸二という男が球界の内外から絶大な信頼を寄せられる最大の理由です。