一般によく知られている「蛾と蝶の見分け方」にはいくつかの定説があります。しかし、野外観察の現場ではそれらのルールを打ち破る例外が次々と発見されます。巷で語られる主要な4つの判別基準について、その実態と例外を具体的に検証します。
1. 触角の形状(マッチ棒状か、櫛状・糸状か)
もっとも普及している見分け方が触角の形状です。「先端がマッチ棒のように丸く膨らんでいるのが蝶」「糸状や鳥の羽のような櫛(くし)状になっているのが蛾」という基準です。確かにモンシロチョウやアゲハチョウの触角は先端が棍棒状であり、夜間に活動するヤママユガのオスなどはメスのフェロモンを広範囲で感知するために見事な羽状触角を持っています。
ところが、昼間に飛翔する「マダラガ科」や「イカリモンガ」などの蛾は、蝶と見紛うばかりの棍棒状の触角を持っています。反対に、蝶の仲間である「セセリチョウ科」の触角は先端が丸く膨らんだ後に細くカギ状に曲がる独特の形状をしており、教科書通りのマッチ棒状とは言えません。
2. 休息時の翅(はね)の閉じ方
「止まっているときに背中の上で翅を垂直に立てて閉じるのが蝶」「翅を背中に平らに伏せたり、屋根型にして止まるのが蛾」という見分け方も有名です。日光を浴びて体温を調整する蝶の多くは垂直に閉じる性質がありますが、これも絶対的なルールではありません。
例えば、タテハチョウの仲間であるキタテハやクジャクチョウは、日光浴を行う際に翅を水平にペタリと広げて静止します。一方、蛾の仲間であるシャクガ科の一部(エダシャクの仲間など)やイカリモンガは、静止時に翅を背中側で垂直にピタリと立てて止まります。林道で翅を立てて止まっている姿を見ても、それが蛾であるケースは日常的に起こり得ます。
3. 昼行性と夜行性の違い
「昼間に飛ぶのが蝶で、夜間に灯火へ飛来するのが蛾」という区分も、極めて人間中心的な観察に基づいた誤解です。世界中に分布する膨大な種類の蛾の中には、昼行性の種が無数に存在します。
日本でも初夏から秋に見られる「オオスカシバ」や「ホウジャク」は、日中にホバリングしながら花の蜜を吸う代表的な昼行性の蛾です。また、南西諸島などに生息する「サツマニシキ」は、日差しの中でエメラルドグリーンと鮮烈な赤を輝かせながら優雅に飛び交います。逆に、中南米に生息するフクロウチョウのように、薄明時や夜間に活発に活動する蝶も存在します。
4. 蛹化(ようか)の形態(繭を作るかどうか)
幼虫が蛹(さなぎ)になる際、「糸で繭(まゆ)を紡ぐのが蛾」「繭を作らず裸の状態で蛹になるのが蝶」という解説も頻繁に見られます。絹糸を生産するカイコガに代表されるように、多くの蛾が強固な繭を形成するのは事実です。
しかし、スズメガ科やヤガ科の蛾の多くは繭を一切作らず、土の中に潜って裸の蛹になります。逆に、アゲハチョウ科の幼虫は蛹化する際に自らの体を支える「帯糸(たいし)」と呼ばれる強靭な絹糸を吐いて枝に固定します。糸を吐いて蛹を守るという行動原理自体に決定的な断絶はありません。