今半のすき焼きが家庭料理のすき焼きと決定的に異なるのは、「煮る」のではなく「割下で焼く(炊く)」という関東風の職人技法にあります。
家庭ですき焼きを作ると、野菜から出た水分で肉が水っぽくなったり、逆に煮詰まって肉が硬くなったりしがちです。今半の仲居が鉄鍋の前で見せる技には、科学的にも理にかなった肉の旨味凝縮プロセスが存在します。
【今半風・割下の黄金比率(家庭用再現レシピ)】
老舗のコクとキレを再現するための基本配合は以下の通りです。
- 本醸造濃口醤油:100ml
- 本みりん:100ml
- 純米酒:50ml
- ザラメ(または上白糖):30〜35g
- 昆布出汁(または水):30ml
鍋にみりんと酒を入れてひと煮立ちさせ、アルコール分を飛ばした後にザラメを投入して弱火で溶かします。最後に醤油と昆布出汁を加え、沸騰直前で火を止めて冷ますことで、角の取れたまろやかな割下が完成します。
【仲居が実践する「美味しい焼き方・食べ方」の鉄則】
1. 最初の一枚は「肉のみ」を味わう
南部鉄器などの厚手の鉄鍋を強火で熱し、牛脂を全体にまんべんなく引きます。鍋が十分に温まったら中火にし、薄く割下を注ぎ入れます。割下がフツフツと泡立った瞬間、肉を広げて投入します。両面を泳がせるように数秒ずつサッと熱を通し、まだ中心に赤みが残るミディアムレアの状態で引き上げ、溶き卵に絡めて食します。この一口目に全神経を集中させるのが今半流の真髄です。
2. 野菜は肉の旨味が溶け出した割下で焼く
肉の脂と旨味が鍋底に残っている状態で、千住葱(長ネギ)、焼き豆腐、椎茸、白滝を投入します。白滝に含まれるカルシウムが肉を硬くするという説がありますが、今半の調理法では白滝を下茹でしてアクを抜き、肉から少し離れた位置で煮ることで肉の柔軟性を守ります。
3. 割下と薄め液(昆布出汁)の微調整
野菜から水分が出ると味がぼやけ、加熱が続くと煮詰まって塩分が強くなります。仲居は常に鉄鍋の蒸発具合を見極め、割下と昆布出汁(薄め水)を数滴単位で注ぎ足しながら、常に一定の濃度を保ち続けます。
4. 締めは「ふわ玉ご飯(玉子とじ丼)」
人形町今半のコースで真骨頂とされるのが、肉と野菜のエキスが極限まで濃縮された割下を使った締めです。残った割下に溶き卵を回し入れ、半熟の状態でご飯の上に乗せる「玉子ご飯」は、他店では味わえない至高のフィニッシュとなります。