日本における近代的な成人式の原型は、終戦直後の1946年(昭和21年)11月に埼玉県蕨町(現・蕨市)で開催された「青年祭」における「成年式」に遡ります。敗戦の虚脱感に沈む次世代の若者たちを励まし、国家再建の担い手として社会へ送り出すことが本来の趣旨でした。当時の青年たちは国民服やもんぺ姿で参列し、極めて厳粛かつ質素な空気の中で行われていました。
この催しが好評を博したことを契機に、1948年に「成人の日」が国民の祝日として制定され、全国の自治体へと普及していきました。しかし、昭和後期の高度経済成長やバブル経済を経て式典の消費社会化が進むと、1990年代後半から各地で異変が生じ始めます。
決定的な転換点となったのは、2000年代初頭の出来事です。高知県高知市や茨城県水戸市、沖縄県那覇市などで、式典中に新成人が壇上に乱入して市長に詰め寄ったり、クラッカーや酒瓶を投げ込んだりする前代未聞の式典妨害が発生しました。静粛であるべき公的な儀礼が突如として若者のエネルギーの発散場所となり、警察官が会場内に突入して逮捕者が出る事態へと発展したのです。
テレビ局各社はこぞってこの騒乱をセンセーショナルに報じ、過激な若者たちの映像がお茶の間を席巻しました。このメディア報道の過熱こそが、翌年以降の若者たちに対して「目立てば全国ネットで取り上げられる」という誤ったインセンティブを与えてしまい、暴徒化が全国規模の模倣現象として固定化していく引き金となりました。