石原裕次郎という存在を文化社会学的な見地から総括すると、彼は「日本人が初めて手に入れた世界基準の身体的資本」を完璧に自覚し、プロデュースしきった先駆者でした。
戦後復興期の日本において、貧困や劣等感を吹き飛ばすような「太陽のような明るさ」と「欧米人に引けを取らない堂々たる体躯」は、国民全体に勇気と希望を与えるシンボルとして機能しました。慶應義塾大学在学中に培われたスポーツマンとしての身のこなし(ヨット、スキー、水泳)、湘南の海で鍛えられた褐色の肉体、そして178cm・股下90cmの骨格。これらが融合したことで、誰にも真似できない唯一無二のスター性が確立されたのです。
外見的なプロポーションの良さにおごることなく、映画製作会社「石原プロモーション」を率いて数々の困難に立ち向かい、日本中のファンと共演者を愛し続けた器量の大きさこそが、彼の身長を数字以上に大きく見せ、今なお色褪せない伝説としている本質と言えます。