突然の別れから一定の期間を経て開催された「お別れの会」や献花の場には、全国から途切れることなくファンが集まりました。黒田さんの写真とともに愛用のギターが展示された会場では、涙を流しながらも「隼ちゃん、ありがとう」と感謝の言葉を口にするファンの姿が印象的でした。
当時、現場を取材した音楽ライターはこう述懐します。「会場に漂っていたのは、絶望や怒りではなく、深い敬意と温かい悲しみでした。黒田さんが生前、ステージ上からファン一人ひとりの目を見て笑顔を投げかけていたことへの返礼として、多くの人が感謝を伝えに来ていたのです」。
SNSやコミュニティ掲示板に投稿されたファンのリアルな声を見ても、「隼之介さんのギターの音があったから受験を乗り越えられた」「彼の弾く温かいバッキングが日常の救いだった」という声が今なお絶えません。一人のミュージシャンがリスナーの生活や記憶にどれほど深く溶け込んでいたかが、現場の空気から克明に伝わってきます。
プライベートにおける素顔と家族への眼差し
私生活についての詳細な公表は控えられていたものの、メディアのインタビューやラジオ番組のトークでは、黒田さんの誠実で家族思いな一面が度々垣間見えていました。結婚の有無など個人的なプライバシーについては公式に言及されていませんが、自身を育ててくれた両親や兄妹に対する感謝の念は折に触れて語られていました。
関係者によれば、遠征先でも地元の特産品を家族へのお土産として丁寧に選ぶなど、常に周囲への気配りを忘れない心優しい青年であったといいます。そうした黒田さんの人間的な温もりこそが、sumikaというバンドの持つアットホームな空気感の礎となっていました。