Let It Beの本当の意味|なすがままではない名曲誕生の真相

Let It Beの本当の意味|なすがままではない名曲誕生の真相

話題沸騰中の Let It Beの本当の意味|なすがままではない名曲誕生の真相について、多角的な視点を整理して公開しています。

しかし、名曲の誕生がビートルズの絆を取り戻すことはありませんでした。むしろ『Let It Be』は、4人の亀裂を決定的なものにする火種となってしまったのです。1969年1月、寒々しいトゥイッケナム・フィルム・スタジオで開始されたいわゆる「ゲット・バック・セッション」は、険悪な空気の中で幕を開けました。

ポールがバンドの結束を促すために持ち込んだこの曲に対し、メンバーの反応は冷淡でした。特にジョン・レノンは強い反発を抱いていました。1980年の『プレイボーイ』誌インタビューにおいて、ジョンは次のように辛辣な告白を残しています。

「あれは完全にポールの曲だ。ビートルズとは何の関係もない。彼はサイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』みたいなものを作りたかったんだろう。僕には何の興味もなかった」

映画『ザ・ビートルズ:Get Back』でも確認できるように、ポールが懸命にアレンジを指示する傍らで、ジョンは揶揄するような冗談を飛ばし、ジョージ・ハリスンはポールの指図に嫌気が差して一時スタジオを飛び出す事態まで発生しました。セッション自体は暗礁に乗り上げ、録音された大量のテープは未完成のまま放置されることになります。

悲劇はこれで終わりませんでした。ジョン、ジョージ、リンゴ・スターの3人が招聘した新マネージャーのアラン・クラインは、ポールの承諾を得ないまま、音源をアメリカの鬼才プロデューサー、フィル・スペクターに託しました。スペクターは、ポールが意図した素朴なピアノ・バラードに、重厚なオーケストレーションと壮大な女声コーラスを幾重にもダビング(いわゆる「音の壁」処理)を施してしまいます。

完成品を聴いたポールは激怒し、ストリングスの除去を要求する書簡をクラインに送りましたが、聞き入れられることはありませんでした。この独断専行が決定打となり、1970年4月10日、ポールは自身のファースト・ソロアルバムのリリースに合わせて「ビートルズの事実上の脱退」を電撃発表します。そして皮肉にも、同年5月8日にリリースされたアルバム『Let It Be』は、公式にビートルズ最後のオリジナル・アルバムとなってしまったのです。

森 瞳
著者

森 瞳

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