かつての乳がん手術では、触診や画像診断で明らかな転移が見られなくても、念のために脇の下のリンパ節を脂肪組織ごとごっそり切除する「腋窩リンパ節郭清(えきかりんぱせつかくせい)」が全員に対してルーチンで行われていました。しかし、この画一的な術式は患者のその後の人生に重い代償を強いることになります。
広範囲にリンパ節を取り除いてしまうと、腕から心臓へと戻るリンパ液のバイパスが途絶え、腕全体がパンパンに腫れ上がる「リンパ浮腫」を引き起こします。一度発症すると完治が極めて難しく、重圧感、激しい痛み、蜂窩織炎(細菌感染症)を繰り返すリスクを生涯背負うことになります。加えて、神経の損傷による脇の下から二の腕にかけての知覚麻痺や、肩関節の拘縮(動かしにくさ)に苦しむ患者が後を絶ちませんでした。
こうした深刻な弊害を打破するために確立されたのが、センチネルリンパ節生検が必要な理由です。手術中に「見張り役」となるリンパ節だけをピンポイントで1〜3個程度摘出し、顕微鏡で精密に調べます。転移が陰性であれば、残りの健康なリンパ節を温存できるため、リンパ浮腫後遺症リスクは郭清時の約15〜30%から、生検のみであれば約3〜5%へと劇的に激減します。術後の回復期間や腕の可動域も格段に保たれ、早期の社会復帰を可能にする医療革命といえます。