現在一般に普及している「大山のぶ代=初代ドラえもん」という認識は、正確には1979年からスタートしたテレビ朝日版の初代キャストを指しています。それより6年早い1973年4月1日、日本テレビ系列で産声を上げたアニメ第1作こそが、歴史上最初の映像化作品でした。
当時、青いネコ型ロボットに命を吹き込んだのは、手塚治虫アニメの「ヒゲオヤジ」役や洋画吹き替えで重厚な存在感を放っていた富田耕生さんです。富田さんが演じたドラえもんは、私たちがよく知る「面倒見の良い保護者兼友だち」というよりも、「世話好きで口うるさい下町のおじさん」という強烈な個性を放っていました。のんびり屋ののび太を叱咤激励しながら引っ張っていく骨太なキャラクター造形は、当時のホームドラマや下町人情劇の文脈を色濃く反映したものでした。
藤子・F・不二雄氏(当時は藤子不二雄名義)による原作漫画が『小学四年生』などで連載を開始して間もない時期であり、キャラクターのパブリックイメージがまだ固まっていなかったからこそのアプローチでした。しかし、このユニークな解釈が、わずか3カ月後に訪れる劇的な転換への導火線となります。