鈴木善幸氏が首相に就任したのは1980年のことだ。大平正芳首相の急逝を受けた党内の混乱を回避するため、「全党一致」の象徴として担ぎ出された。自ら「和の政治」を掲げ、党内抗争を鎮める調整力を発揮した姿は、当時の政界で異彩を放っていた。
漁業団体の役員から政界入りした善幸氏は、水産行政の第一人者として頭角を現した。派閥抗争が激化する党内で、誰からも嫌われない誠実な人柄と抜群の取りまとめ能力を買われ、宏池会(旧大平派)の番頭格として重宝された経緯がある。派閥の首領でありながら前面に出すぎず、裏方に徹する姿勢は、後の政治家・鈴木俊一氏の処世術や政治手法にも色濃く受け継がれている。