東宝配給で世に送り出された本作は、名匠・近藤喜文が唯一長編監督を務めたアニメーション映画としても特別な位置を占めている。ファンタジー路線で名を馳せていたジブリが、東京都多摩市周辺のありふれた団地や坂道を舞台に据えたことは、当時として極めて実験的な試みだった。
宮崎駿のダイナミックな演出意図に対し、近藤監督は徹底して「市井の人々のささやかな日常の機微」を描き込むことにこだわった。聖司が自転車のペダルを懸命に漕ぐ背中の筋肉、坂道を駆け上がる息遣い、食卓の描写。過剰な誇張を排した丁寧な筆致が、聖司と雫の物語を誰にとっても身に覚えのある普遍的な記憶へと昇華させた。
近藤監督が遺した妥協なきリアリズムへの眼差しこそが、公開から数十年を経た現在でも鑑賞者の心を捉えて離さない真の理由だろう。