ジョン・S・ペンバートンの生涯とコカ・コーラ誕生の真実

ジョン・S・ペンバートンの生涯とコカ・コーラ誕生の真実

ジョン・S・ペンバートンの生涯とコカ・コーラ誕生の真実の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。

画期的な飲料を世に送り出したペンバートンでしたが、彼に残された時間はわずかでした。発売初年度の売上はわずか50ドル程度で、広告宣伝費73ドルを下回る赤字経営。さらにペンバートン本人の健康状態は、末期の胃がんに侵され急速に悪化していました。

激しい胃の激痛に耐えるためモルヒネの消費量は増え、膨大な医療費と中毒症状を支えるための現金が日ごとに必要となりました。死期を悟ったペンバートンは、息子のチャーリーに将来の権利を残そうと画策しながらも、背に腹は代えられずコカ・コーラの製造特許と商標権を複数の出資者に分割売却せざるを得なくなります。

ここで登場したのが、同じくアトランタの薬剤師で卓越した商才を持っていたエイサ・キャンドラー(Asa Candler)です。キャンドラーは1888年から1891年にかけて、困窮していたペンバートン一族や共同経営者から散り散りになっていた権利を総額わずか約2,300ドル(現在の日本円価値で約1,000万〜1,500万円前後)ですべて買い集め、単独所有権を確立しました。

1888年8月16日、ペンバートンは胃がんと衰弱のため57歳で息を引き取りました。自らが作り出した黒いシロップが、のちに数兆円規模の世界帝国を築く姿を見ることは叶いませんでした。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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