岡潔は1901年(明治34年)に大阪で生まれ、京都帝国大学(現・京都大学)理学部数学科を卒業後、フランスのソルボンヌ大学へ留学しました。当時の世界の数学界では、誰もが匙を投げ出していた「多変数解析関数論」という超難問が存在していました。欧米の錚々たる学者たちが集団で挑んでも解けなかったこの難関に、岡はたった一人で立ち向かい、約15年の歳月をかけて完全な解決をもたらしたのです。
その業績があまりに突出していたため、当時の海外の学会では「オカ・キヨシとは一人の数学者の名前ではなく、トップクラスの数学者グループのペンネームに違いない」と本気で噂されたという伝説が残っています。1960年にはその不滅の功績により文化勲章を受章しました。
一方で、その私生活は世俗の価値観とは完全に無縁でした。一度思索に没頭すると周囲の音が一切耳に入らなくなり、雨が降っても傘を差さずにゴム長靴を履いて歩き回るなど、数々の奇行とも呼べる逸話を残しています。岡にとって学問や人生は出世や名誉のための道具ではなく、真理と美を追い求める純粋な営みそのものでした。