第一勧銀から湯水のように手に入れた資金を元手に、小池隆一は兜町へ乗り込みました。ターゲットとなったのは、当時の証券界に君臨していた四大証券です。小池は各証券会社に対して数十万株から数百株単位の大株主として振る舞い、株主総会前になると経営陣に直接圧力をかけました。
野村證券をはじめとする各社は、小池の意向を汲んで不正な株式取引を画策。事前に値上がりが確実視される銘柄を小池名義のアカウントに付け替えたり、損失が出た場合には会社側の資金で穴埋め(損失補填)を行ったりするなど、一般投資家を欺く裏取引を繰り返しました。野村證券からだけでも約3億7000万円に及ぶ不正な利益が小池側に供与されたことが後の公判で立証されています。
この利益供与事件の余波は証券各社の首脳陣を直撃しました。野村證券の当時の社長・酒巻英雄氏をはじめ、四大証券すべての元社長や役員が相次いで逮捕・起訴されるという壊滅的な打撃を受けました。さらにこの年(1997年)の秋には、このスキャンダルに端を発した信用失墜と簿外債務(飛ばし)の発覚が引き金となり、名門・山一證券が自主廃業(経営破綻)へ追い込まれる歴史的悲劇へと発展したのです。