日本映画産業において「世界のキタノ」の名が不動のものとなった1990年代から2000年代にかけて、家庭内でも新たなドラマが生まれていた。長女である北野井子の芸能界デビューと、その後の歩みである。幹子は母として、繊細な感性を持つ娘の盾となり、芸能界特有のプレッシャーから守り抜くことに全力を注いだ。
映画監督としてベネチア国際映画祭をはじめ世界各国の映画祭で絶賛を浴びる夫を誇らしく思いながらも、幹子自身は決して浮足立つことはなかった。スポットライトの当たる華やかな世界と、家族が暮らすプライベートな領域を冷徹なまでに線引きし、子どもたちの日常を守り抜いたのである。