プロ野球における天覧試合は、長い歴史の中で1959年6月25日の後楽園球場で行われた「読売ジャイアンツ対阪神タイガース(第11回戦)」のわずか1度しか存在しません。昭和天皇・香淳皇后をお迎えしたこの伝統の一戦は、日本スポーツ史上に残る最高のドラマを生み出しました。
この試合には、皇室の公式スケジュールに伴う厳格な制約がありました。天皇陛下の球場ご滞在時間は「21時15分まで」と定められており、もし試合が長引いて同点延長となれば、陛下が勝敗を見届けずにご退席される可能性が極めて高かったのです。
4対4の同点で迎えた9回裏、時計の針は21時12分を指していました。打席に入ったのはプロ2年目の長嶋茂雄。マウンドには阪神のエース・村山実。カウント2ボール2ストライクからの5球目、村山が投じた渾身のレフト寄りへのストレートを長嶋がフルスイングすると、打球は美しい放物線を描いてレフトスタンドのポール際へ吸い込まれました。
劇的なサヨナラ本塁打により、試合終了時刻は21時16分。まさに陛下のご退席直前に決着をつけるという、映画のシナリオでも描けないような奇跡を演出したのです。敗れた村山実が生涯にわたって「あれはファールだった」と悔しさを滲ませながら語り継いだエピソードも含め、天覧試合の重圧と魔力を象徴する名勝負として語り継がれています。