江戸川乱歩『芋虫』なぜ発禁に?狂気のあらすじと実話説の真相

江戸川乱歩『芋虫』なぜ発禁に?狂気のあらすじと実話説の真相

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『芋虫』は最初から全面的に禁止されたわけではありません。初出は博文館の雑誌『新青年』1929年新年増刊号で、当初の原題は『悪夢』でした。しかし、当時の検閲当局(内務省警保局)の忌諱に触れることを恐れた編集部側の自主規制や当局の指導により、大幅な削除と改題を余儀なくされ、『芋虫』として世に出た経緯があります。

決定打となったのは、発表からちょうど10年が経過した1939(昭和14)年1月の全文掲載禁止処分です。1937年に勃発した日中戦争が泥沼化し、国家総動員法(1938年公布)のもとで日本全体が軍国主義一色へと傾斜していた時代背景が決定的な要因となりました。

当時の大日本帝国において、出征して重傷を負った兵士は「名誉の白衣勇士」「生ける軍神」として崇め奉られるべき絶対的存在でした。ところが本作に登場する須永中尉は、金鵄勲章を胸に下げながらも、畳の上を這い回り、妻の機嫌ひとつで食事を与えられ、夜ごと性的欲望の捌け口にされる無力な存在として描かれます。国家が国民に強要していた「崇高な戦争」の裏にあるおぞましい肉体の損壊と精神の頽廃を白日の下に晒す行為は、軍部および当局にとって到底看過できない「皇軍への冒涜」と判定されたのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。