洋菓子を愛する者であれば、一度はその名を耳にしたことがある「ダックワーズ」。アーモンド風味のメレンゲ生地でクリームをサンドしたこの銘菓のオリジンが、本場フランスではなく福岡市中央区薬院の「フランス菓子16区」であるという事実は、日本の食文化史における誇るべきハイライトです。
物語は1979年に遡ります。帝国ホテル等で修行を積んだ後、単身渡欧したオーナーシェフの三嶋隆夫氏は、パリ16区の名門パティスリー「パティスリー・アルチュール」で日本人初のシェフ・パティシエ(製菓長)を務めていました。当時のフランスにおいて、ダックワーズ(Dacquoise)といえば、ホールケーキ(アントルメ)の土台として敷かれる生菓子用のスポンジ状生地に過ぎませんでした。
三嶋シェフは当時のインタビューや手記において、「これを単品の焼き菓子として成立させられないか」と試行錯誤を重ねた日々を振り返っています。ヒントとなったのは、日本の伝統的な和菓子「最中(もなか)」でした。メレンゲにアーモンドプードルを合わせた生地を小判型に絞り、粉糖を振って高温で焼き上げることで、「外側はサクッと香ばしく、内側は驚くほどふんわりと柔らかい」という二面性を持つ独自の食感を生み出したのです。
1981年、三嶋シェフが帰国し自身の店「フランス菓子16区」を福岡市薬院にオープンした際、この創作菓子を看板商品として世に送り出しました。その洗練された味わいは瞬く間に日本全国の洋菓子職人たちへ波及し、さらには本場フランスのパティシエたちまでもが「小判型のダックワーズ」を逆輸入して製造するまでに至りました。今や洋菓子のスタンダードとなったダックワーズですが、その原点にあるのは三嶋シェフの鋭敏な味覚と、日仏の文化を融合させたイノベーションでした。