一方で、勝デクという関係性を語る上で避けて通れないのが、「初期のいじめ描写をどう捉えるか」というネット上の議論や誤解です。未読者やライト層の一部からは、「いじめっ子といじめられっ子のカップリングを美化しているのではないか」という批判的な視線が向けられることがあります。
しかし、これは明確な誤解釈と言わざるを得ません。物語を誠実に追えば明白な通り、原作者は爆豪の初期の過ちを一度たりとも美化・正当化していません。爆豪自身が痛烈な挫折を味わい、出久の背中を追いかける中で、自らの矮小さを徹底的に突きつけられるという過酷なビルドゥングスロマン(成長譚)が描かれています。
ファンが惹かれているのは「暴力的な支配関係」ではなく、「加害の自覚から逃げず、対等な人間として向き合い直そうとする真摯な再生の歩み」です。関係性の痛みを誤魔化さず、時間をかけて積み上げられた贖罪と受容のプロセスがあるからこそ、二人の距離が縮まる一瞬一瞬に深いカタルシスが宿るのです。