SNSや知恵袋などのコミュニティで頻繁に見かけるのが、「手持ちの無地ニューエラを安く買って、刺繍だけを業者に持ち込めば格安でオリジナルが作れるのではないか」というアイデアです。一見すると合理的な節約術に思えますが、アパレル加工の現場を取材すると、このキャップ刺繍持ち込みには致命的な罠が存在します。
第一の壁は、機械トラブル時の免責同意です。キャップへの刺繍は、円筒状の専用治具(キャップ枠)に帽子を無理やり押し広げて固定し、高速回転する針を打ち込みます。生地の厚みや縫製箇所の継ぎ目(シーム)に針が当たると、針折れや糸切れ、タイミング狂いによる「生地の巻き込み事故(破れ・穴あき)」が一定の確率で発生します。工場が仕入れたブランクボディであれば即座に代品交換が可能ですが、顧客の持ち込み品の場合、規約上「加工失敗時の弁償は不可、または千円〜数千円の定額補償のみ」と定められているケースが九割以上を占めます。
第二の壁は、持ち込み手数料の設定です。多くの刺繍工房では、持ち込み品に対して1点あたり500円〜1,500円程度の割増手数料を設定しています。市販キャップの定価にこの持ち込み料と往復送料を加味すると、業者が正規ルートで卸仕入れを行っている提携ボディ(OTTOやフレックスフィット)を一括発注するよりも、トータルコストが数割高くなってしまう逆転現象が頻発します。
限定スニーカーとカラーリングを合わせた希少なデッドストックボディなど、「どうしてもその個体でなければならない理由」がない限り、持ち込み加工に手を出すのはリスクとコストの両面から賢明な選択とは言えません。