1970年大阪万博の熱狂と真実|太陽の塔の誕生秘話と現代に残る衝撃

1970年大阪万博の熱狂と真実|太陽の塔の誕生秘話と現代に残る衝撃

1970年大阪万博の熱狂と真実|太陽の塔の誕生秘話と現代に残る衝撃に関する深掘り解説を詳しく解説いたします。

1970年大阪万博の公式テーマは「人類の進歩と調和(Progress and Harmony for Mankind)」でした。敗戦からの復興を遂げ、先進国の仲間入りを果たした日本が、世界77カ国、4国際機関、2政庁を招致して開催した空前絶後のメガイベントです。

開幕前の一部メディアによる「交通麻痺で大混乱に陥る」「赤字必至」という懐疑的な論調を覆し、記録した総入場者数は6,421万8,770人。当時の日本の総人口が約1億400万人であった事実を踏まえると、単純計算で国民の6割以上が吹田の地に足を運んだことになります。単日最多入場者数を記録した9月5日には、1日で83万5,832人が会場に押し寄せ、千里丘陵は人の波で埋め尽くされました。

経済企画庁(当時)の試算によると、万博関連の直接投資やインフラ整備、会場内での消費を含む直接・間接の経済波及効果は約2兆円から3兆円規模に達しました。名神高速道路の整備、東海道新幹線の輸送力増強、大阪市営地下鉄(現Osaka Metro)御堂筋線の北大阪急行直通延伸など、現在も関西を支える大動脈がこの万博を契機に一気に構築されたのです。

山崎 陸
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山崎 陸

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