ハンプティ・ダンプティの物語を紐解く上で、すべての起点となるのがイギリス伝承童謡『マザーグース(Mother Goose / Nursery Rhymes)』です。まずは、18世紀後半から記録に残る最もスタンダードな英語原文と、その日本語訳を確認してみましょう。
【原文】
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.
【日本語訳】
ハンプティ・ダンプティが 塀の上に座った
ハンプティ・ダンプティが 盛大に落っこちた
王様の馬すべてと 王様の兵士すべてをもってしても
ハンプティを元の姿に戻すことはできなかった
なぜ詩の中に「卵」と書かれていないのか?
ご覧の通り、歌詞の中には「卵」の「た」の字もありません。それにもかかわらず、なぜ誰もが即座に卵の姿を思い浮かべるのでしょうか。その理由は、この童謡がもともと子供たちに向けた「言葉遊びのなぞなぞ(Riddle)」として歌われていたからです。
「高い塀から落ちて粉々に割れ、王様の軍隊が総出で修復を試みても絶対に元に戻らないもの、なーんだ?」という問いかけに対し、子供たちが元気に「卵!」と答える遊戯詩でした。答えそのものを歌詞に入れてしまってはなぞなぞが成立しないため、あえて外見描写を伏せていたのが言語文化としての実態です。
卵のビジュアルを不動のものにした『鏡の国のアリス』
この「口承のなぞなぞ」を視覚的な世界的アイコンへと変貌させた決定打が、1871年に刊行されたルイス・キャロルの児童文学『鏡の国のアリス(Through the Looking-Glass)』です。
作中でアリスは、塀の上に腰掛けるハンプティ・ダンプティと遭遇し、言葉の定義や意味をめぐって哲学的な問答を繰り広げます。このとき、天才挿絵画家ジョン・テニエルが描いた「服を着て手足が生えた巨大な卵の紳士」のイラストが読者に強烈なインパクトを与えました。テニエルの挿絵が持つ圧倒的な完成度によって、「ハンプティ・ダンプティ=卵人間」というイメージが活字文化を通じて世界中に決定づけられたのです。