華々しい表舞台の活躍の裏で、湯川氏のプライベートは決して平坦な道ばかりではありませんでした。1973年、30代後半で夫と結婚し、待望の息子を授かります。しかし、当時の日本社会は「男は仕事、女は家庭」という固定観念が極めて根強く、多忙を極めるトップ評論家・作詞家としてのキャリアと、家庭生活との両立には深刻な軋轢が生じました。
価値観の相違などから最終的に離婚を選択した湯川氏は、シングルマザーとして一人息子を育てる決断を下します。当時のインタビューや自著の手記では、仕事場に子どもを連れて行かざるを得なかった日々や、世間からの偏見に晒された苦悩が赤裸々に語られています。母親としての罪悪感に苛まれながらも、「子どもに対して恥ずかしくない、自立した人間としての背中を見せる」ことを自らに課し、愛情を注ぎ続けました。
成長した息子との関係は非常に良好で、互いを一人の自立した大人として尊重し合う強固な信頼関係を築き上げています。湯川氏が歩んだ道のりは、女性の社会進出やワンオペ育児が議論される現代において、半世紀先を走っていた先駆者の闘いそのものでした。