『生きたメキシコ』の内容とあらすじを把握する上で欠かせないのは、名取洋之助が企図した「複眼的なドキュメンタリー構造」です。写真集は、メキシコの豊かな古代文明の遺構から始まり、スペイン植民地支配の名残、そして過酷な近代化の波に揉まれる市井の生活者へと視点が流れるように組み立てられています。
ページをめくると、まず視線を奪われるのは、強い陽射しの中に刻まれた先住民たちの深い皺と、漆黒の瞳です。市場で細々と民芸品を売る老婆、トウモロコシをすり潰す母子、荒涼とした大地で農作業に精を出す男たちの姿が、無駄を削ぎ落としたコントラストで捉えられています。名取のカメラは、彼らを哀れみの対象としてではなく、苛烈な歴史を耐え抜いてきた「主権者としての民衆」として堂々と描き出しました。
名取のキャリアにおいて、この取材経験は戦後の「岩波写真文庫」の創刊へと直結する極めて重要な転換点となりました。名取は『生きたメキシコ』の取材を通じて、「写真は文章の従属物ではなく、それ単体で思想を語る言語である」という確信を深めました。日本工房の精鋭デザイナーらと協働し、タイポグラフィと写真のレイアウトを徹底的に計算し尽くした紙面構成は、のちに岩波書店から世に送り出された数々の名著の設計思想そのものとなっています。
当時の評判や感想を当時の資料から掘り起こすと、「メキシコという遠い国の息遣いが、紙面を通じて肌に触れるようだ」「装飾のないリアリズムが胸を突く」といった驚嘆の声が並びます。民衆の内面へ深く踏み込み、社会矛盾を暴き出すそのダイナミズムこそが、時代を超越した評価の根幹に存在しています。