今だからこそ振り返るべきは、あの解散の真相だろう。漫才に対して妥協を許さず、完璧な笑いを追求し続けた彼らだからこそ、互いの目指すベクトルのわずかなズレが、修復不可能な溝となってしまった。それは決してネガティブな決裂ではなく、お互いが「表現者としての純度」を保つための、前向きかつ必然的な選択だったと言える。
漫才という強固なシステムから解放されたことで、彼は自分自身の表現とより深く向き合う時間を得た。職人気質であるがゆえに、中途半端なものは見せられない。そのストイックな姿勢が、現在の芝居という新たなジャンルにおいて、凄まじい熱量となって結実しているのだ。