ファンの記憶に鮮烈に残っているのが、2022年オフの突然の現役引退と、それに先立つ登録名の改名劇です。通算130勝を挙げ、マウンド上では常にポーカーフェイスを崩さなかった右腕は、なぜユニフォームを脱ぐ決断を下し、なぜ一時的に名前を変えたのでしょうか。
「投げられなくなって辞めるわけではない」引退理由の本質
2022年シーズン、金子千尋はわずか3試合の登板(1勝2敗、防御率4.85)にとどまり、シーズン終了後に日本ハムから戦力外通告を受けました。NPB他球団での現役続行を模索したものの、獲得に名乗りをあげる球団は現れず、12月下旬に正式に引退を表明しました。引退会見で彼が残した「投げられなくなって辞めるわけではない」という言葉は、メディアやファンの間で大きな議論を呼びました。
球速が著しく落ちたわけでも、肩や肘に致命的な故障を抱えていたわけでもありません。しかし、彼が求める「打者の手元でミリ単位で変化し、狙ったコースへ吸い込まれるボール」と、実際の打者の反応との間に生じたわずかなズレを、誰よりも彼自身の繊細な指先が察知していました。球界関係者は「千尋さんは妥協して現役にしがみつくことを良しとしなかった。自分が思い描く芸術的なピッチングが再現できなくなったときが、彼にとっての終着駅だった」と述懐します。美学を貫き通した上での、潔い決断でした。
なぜ「金子弌大」へ改名したのか?風水と飽くなき探求心
2018年オフ、オリックスから日本ハムへ移籍した直後、登録名を本名の金子千尋から「金子弌大(かねこ・ちひろ)」へと電撃変更した出来事は球界に衝撃を与えました。「弌」は「一」の異体字であり、画数や字画の吉凶を重んじた改名です。
オカルト的な奇策と揶揄する声も一部にありましたが、真相は極めてストイックなものでした。当時、長年慣れ親しんだオリックスを離れ、30代半ばで新天地に飛び込むにあたり、風水や易学に精通した信頼のおける知人から助言を受けたことが契機でした。「文字通り『一』から新たなスタートを切り、大成する」という強い決意の表れだったのです。実際に登録名を変更したことで、メディアやファンの先入観をリセットし、ルーキーのようなフレッシュな緊張感を自らに課す心理的リフレーミングの効果を狙っていました。なお、指導者に就任したタイミングで本名の「金子千尋」へと登録を戻しており、選手としての挑戦に一区切りをつけた証左といえます。