愛知県豊橋市で過ごした少年時代、朝倉未来選手は喧嘩に明け暮れ、毎日のように警察の厄介になるなど、周囲の手におえない荒れた生活を送っていました。そんな息子に対し、母・恵美さんは決して見捨てることなく向き合い続けました。
夜中に警察から呼び出しがあれば頭を下げて迎えに行き、息子が怪我をして帰ってくれば手当てをし、どれだけ周囲から批判されても「この子は根は優しい子だから」と信じ抜きました。未来選手が少年院に入所した際にも、恵美さんは欠かさず面会に訪れ、励ましの手紙を送り続けたというエピソードはファンの間でも有名です。
荒れ狂っていた未来選手も、自分を信じて涙を流す母親の姿に触れ、徐々に更生への道を歩み始めました。後のインタビューで未来選手本人が「母親には本当に迷惑をかけたし、世界で一番感謝している」と語る通り、恵美さんの無償の愛こそが、現在の朝倉未来を形作る最大の原動力でした。