押見修造氏が『別冊少年マガジン』創刊号(2009年10月号)から2014年6月号まで連載した『惡の華』は、群馬県桐生市をモデルとした山に囲まれた閉鎖的な街を舞台に幕を開けます。主人公の中学2年生・春日高男は、フランスの詩人シャルル・ボードレールの詩集『悪の華』を愛読し、自らを「俗物どもとは違う特別な存在」と思い込もうとする典型的な自意識過剰の少年でした。
運命が狂い始めたのは、放課後の教室で彼が密かに憧れていたクラスのマドンナ・佐伯奈々子の脱ぎ捨てられた体操着を、衝動的に盗んでしまった瞬間です。その決定的な現場を、クラスの問題児であり強烈な毒舌を放つ少女・仲村佐和に目撃されていました。
仲村は春日の罪を告発しない代わりに、彼に絶対服従の「契約」を迫ります。ここから、佐伯を巻き込んだ3人の歪で破滅的な関係が暴走していきます。
読者が本作を「トラウマ必至」と呼ぶ理由は、単なるスキャンダラスな展開にあるのではなく、悪の華における思春期の心理描写があまりにも赤裸々かつ残酷に描かれている点にあります。原作者の押見修造氏は当時の雑誌インタビュー等で、「自分自身の中学時代にあった恥ずかしい性衝動や劣等感、あの重苦しい空気感をそのまま吐き出した」と述懐しています。
特に読者に強い衝撃を与えた名シーンとして語り継がれているのが、以下の3つのシークエンスです。
- 佐伯の体操着を着用しての逢瀬:仲村の命令により、想い人である佐伯との初デートで彼女の体操着を下着代わりに着用させられ、精神的に追い詰められていく春日の極限状態。
- 夜の教室の破壊と墨汁の儀式:春日と仲村が深夜の学校に忍び込み、教室中の壁や机に墨汁をぶちまけて「クソ虫」の世界を破壊し尽くす狂乱の一夜。二人の共犯関係が絶対的な絆へと昇華した瞬間。
- 夏祭りの櫓(やぐら)での心中未遂事件:街中の人々が見守る夏祭りのクライマックス、灯油をかぶり心中を図ろうとした仲村を救おうとする春日、そして仲村が春日を突き飛ばして拒絶した決定的な決別。
これらのエピソードは、単なる不良行為や反抗期という枠を超え、「自分たちの生きている世界そのものを拒絶したい」という思春期特有の切実な魂の叫びとして読者の胸に突き刺さりました。