昭和40年代から50年代にかけての昭和レトロ稚内駅は、重厚な木造・コンクリート混交の2階建て駅舎(2代目・3代目駅舎)が象徴的でした。駅舎の正面には堂々と「日本最北端の駅」の看板が掲げられ、駅前にはカニやウニを売る海産物店、長旅に疲れた旅人を迎える食堂街が軒を連ねていました。
当時の宗谷本線歴史を語る上で欠かせないのが、オホーツク海沿岸を経由して音威子府駅とを結んでいた天北線廃線(1989年廃止)の存在です。稚内駅からは宗谷本線と天北線の双方が発着し、構内には複数のホームと広大な留置線、蒸気機関車や気動車がひしめく転車台・給炭設備が備わっていました。
当時の旅行者の手記や国鉄OBの証言には、「真冬の稚内駅ホームに降り立つと、地吹雪の中でヘッドライトを光らせたキハ56系急行『宗谷』がアイドリング音を響かせていた」「待合室のストーブを囲む旅人と地元住民の語らいが温かかった」といった描写が数多く残されています。厳しい極北の自然と対峙する鉄道の力強さが、かつての駅構内には満ち溢れていました。